「わたくしたちは共和国軍ですわ! 人がいたら返事をなさい!」
凜とした声が響き渡った。
ざあっ、と一陣の風が吹き、荒廃した工事現場に砂塵が舞い上がる。その中、夕陽よりも鮮烈な紅が水無月の目を灼いた。
燃えるような赤い髪。
軍人には不釣り合いな長い髪をなびかせた少女が、圧倒的なまでの存在感でそこにいた。彼女の後ろには機関銃を持った女性の兵士たちが整然と控えている。兵士たちの胸元には一様に赤い花を模った徽章(きしょう)が付いていた。
……世の中、変わったもんだ。
年寄りくさい感想を抱いた水無月は、工事現場から退散すべく踏み出す。と、不意に足元でガラ、と資材が音を立てた。
弾かれたように紅髪の少女がこっちを見る。
水無月を認めた彼女は、人がいるとは思っていなかったのか、目を丸くした。
一方で、関わりたくない水無月は無視して行こうとするが、
「待ちなさい。あなた、工事の関係者ではないわね。どうしてここに?」
機敏に回り込まれてしまった。
隊長と思しき少女の動きに対応して、兵士たちが即座に水無月を取り囲む。機関銃がずらりとこっちを向いた。
立ち塞がっている少女を水無月は渋面で見つめる。
年の頃はカノンと変わらなさそうだ。だが、身体の凹凸はかなり違う。徽章がたくさん付いた軍服の胸元ははちきれんばかりに膨らみ、サーベルをさした腰はキュッとくびれている。大粒のルビーのような紅い瞳は強気な光を放っていて、水無月を捉えて離さない。
「俺はただの通行人だ。暴走オートマタに興味があったから、近くで見たかっただけで」
「暴走したオートマタを近くで見たいですって? 自殺行為だわ!」
「ああ、以後は気を付ける」
少女を適当な嘘であしらい、逃れようとするが、
「それで、これは一体、どうやってやったのかしら?」
紅い瞳が転がっている《怪力無双》たちを映し、水無月へ返ってくる。
機関銃の銃口は退く気配がない。
「これ、とは何のことだ?」
「とぼけるのはよしなさい! わたくしを誤魔化そうったって、そうはいかないわ」
軍服の少女はサーベルを抜き、水無月へ突きつけてきた。
「暴走したオートマタは誰かが破壊しない限り、止まらないのよ。ここにいるのがあなただけである以上、あなたがこのオートマタを止めたのでしょう?」
「俺は知らんな。先に来た部隊が止めたんじゃないのか」
「いいえ、通報で駆けつけた共和国軍は、わたくしたちが最初よ。謙遜しなくてもいいでしょう。暴走オートマタを止めたのは立派なことだわ。見たところ、武器も持っていないようだけど、それでどうやって暴れる《怪力無双》を止めたのかしら?」
「だから、俺じゃないと言っている」
うんざりしつつ、水無月はあくまでシラを切る。
暴走オートマタを止めたのは立派かもしれないが、止めた手段はとても言えたものではないのだ。なんせ、水無月は存在自体が違法なのだから。
「《怪力無双》は力が強いから、暴走したら手に負えないのよ。それを銃も持たずに止めてしまうなんて、それも、あなたみたいな細い男の子が……」
不意に何かに気付いたように、少女の目が鋭くなった。
「待って。まさかあなた、もしかしてとは思うけど……」
――まずい。俺の正体を勘付かれたか?
十年前とはいえ、ヘルヴァイツの存亡をかけて作られた水無月は特殊な人工頭脳が搭載され、会話からオートマタとバレることはない。だが、暴走オートマタを身一つで止めてしまうのは人間業ではない。
この相反する事実を繋ぎ合わせると、水無月の正体は容易に絞り込める。
「まさかね。でも、確かめてみるまではわからないわ。何よりわたくしの勘がそうだと告げているもの。もしそうだとしたら大発見だわ」
興奮したように独りごちる少女。異様なまでに瞳を輝かせ、彼女は水無月へにじり寄る。思わず水無月は一歩、後退っていた。
面倒なことになったな。なんとかしてこの場から脱出を――。
逃げる算段を立てていたとき、ドオオォォン! と近くにあった鉄骨の山が崩壊した。その中から《怪力無双》が立ち上がる。
少女の目がそちらを向いた。
「まあ、まだ残っていたのね! 総員、攻撃準備!」
暴走した《怪力無双》は長い腕で鉄骨を、水無月たち目掛けて振り下ろす――。
銃口の包囲から解放された水無月は、その隙に少女から逃げ出した。
「あっ、あなた待ちなさい! くっ、この邪魔なオートマタめ! 攻撃開始!」
少女の制止と機関銃の銃声を背中で聞きながら、水無月は走る。
工事現場の出口には、たくさんの野次馬に混じってカノンが右往左往していた。水無月を認めるなり、彼女は目を怒らせる。
「水無月! どうして勝手に……!」
「話は後だ。逃げるぞ」
「え、水無月!?」
カノンが言ったときには、少年は彼女の横を風のごとく走り抜けていた。一瞬、きょとんとしたカノンだったが、すぐに彼を追う。
「待って、水無月! なんで! どうして、走るの……」
水無月は暗殺者に相応しい動きで野次馬の隙間を縫う。息も絶え絶えなカノンの声を後ろで捉えるものの、足は止めない。
逃げる最中、水無月は群衆の口から《赤の乙女部隊(スカーレット・メイデン)》という言葉を聞いた。どうやらあの少女が率いる部隊はそんな名がついているらしい。
大層な人垣から抜け出した水無月は、やっと立ち止まる。
振り返ってみるが、軍服が追ってきている様子はない。
よし、逃げ切れたな。
確信して一息ついたところで、人垣からひょこっと白銀の頭が現れた。群衆にもみくちゃにされたカノンの長い髪は乱れ、足取りはおぼつかない。
「なんなの、水無月……いきなり走って……」
「軍の一人に俺の正体を勘付かれたから、逃げた」
途端にカノンが「えっ!?」と顔を上げた。鬼気迫る勢いで水無月に詰め寄る。
「何やってるの!? 正体がバレたらマズいって、いつも言ってるのに。どうするの!」
「だから、逃げた。問題ない」
「問題ある! 逃げれば済む話じゃない!」
「問題ない。あいつは残っている暴走オートマタの相手で、俺を追う余裕はなかったようだ」
カノンが愚かな生き物を見るような目になった。
「……その暴走オートマタを止めたくなる癖、どうにかしてよ。水無月はもう軍には属していないんだから、共和国軍を手伝わなくていいの」
「誰が共和国軍を手伝うか。俺はそんなつもりじゃない」
嫌悪感すら滲ませて言った水無月に、カノンが怪訝な顔になる。
水無月は軍服の少女を思い出していた。視覚的には紅い少女だったが、サーモグラフィを通すと彼女の真実が見える。
三十五度以上は赤、二十五度以下は青。彼女の顔は真っ青に表示されていた。
「軍に吸血鬼がいるなんて、世の中、変わったもんだ」
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