プロローグ「光の勇者の物語」
むかしむかしのお話です。
世界は魔王によって支配されていました。
いつ現れたのか、どこから来たのか、誰も知りません。
気が付くと世界は闇に包まれていたのです。
全てを手に入れた魔王は好き勝手に世界で遊びます。町には魔物が押し寄せ、森や海は旅人を生きて帰さず、美しい姫は魔王の城へ攫われていきました。
このままでは世界は滅んでしまう。人々は途方にくれます。
しかしある時、どこからともなく現れた一人の青年が、剣を高々と天に掲げて叫びました。
「私が魔王を倒す!」
たった一言、されどその気高き意志は、人々の心を貫きます。
光は青年の背後を舞い、彼の持つ剣は太陽のように輝きました。
青年は行く先々で魔王の非道に嘆き苦しむ人々を助けながら、町から町を抜け、道なき道を進みました。
峻険な山々を越え、終熄の砂漠を越え、茫洋たる海を越え、出会いと別れを繰り返し、何度も命を落としそうになりながらも、青年はただひたすら進みます。
光の青年の噂はたちまち世界に広まり、人々は希望を見出します。
その希望を一身に受けて、青年はさらに進み続けます。彼を想う誰かから引きとめられても、友情を育んだ仲間との一生の別れがあっても、青年は振り返ることなく進み続けました。
そして、そこは世界の果て。
青年はついに、魔王が棲む城に辿り着きました。
暗影に沈んだ玉座の間では、弱き者なら見ただけで絶命してしまいそうなほど気味の悪い笑みを浮かべた魔王が、青年を待っていました。
「私はお前を倒すためにここに来た」
「お前ごときに、この私が倒せるものか」
二人は剣を構えます。
黒い剣と白い剣。
二人は睨み合います。
落雷による轟音が城に響いた時、戦いが始まりました。
長い長い戦いでした。二人は剣を休めることなく振りまわし、火花を散らし、一度離れてはまた相手に振りかざします。その戦いは、三日三晩続きました。
互角かに思われた戦いは、青年の体力の消耗により、終わりが見えてきました。
光を放つ剣が、青年の手から弾き落とされます。魔王の持つ剣が、青年の喉元に向けられます。
青年は魔王を睨み付け、そして覚悟を決めました。
「勇者様!」
突然の、第三者の声。
魔王に攫われた美しい姫が、そのか細い身体で魔王に掴み掛ったのです。姫の指先から伸びた魔法が一瞬、魔王の身体を捕らえました。
しかし、青年には一瞬でよかったのです。
「これで終わりだ!」
青年は転がるように剣を拾うと、一際輝いた剣を魔王の胸に振り下ろしました。
「ぐああああああああああああああああああああ!」
魔王の絶叫が城に響いて、揺れます。
しかし魔王は、最期の力を振り絞り、我が身から振り落とすように麗しい姫を剣で薙ぎ払いました。泡沫のような血の珠が空中を舞い、少女は力なく床に投げ出されます。その隣に、魔王が雪崩のごとき音をあげて倒れこみました。
唖然とする青年に、少女は微笑みかけます。
駆け寄ろうとする青年に、少女は小さく首を横に振ります。
少女は、幸せそうに言いました。
「私の血で、あなたが穢れる必要はありません。あなたは、勇者なのですから」
そして、静かに目を閉じました。