お父さん、お母さん。
私が長距離郵便配達員(ポストマン)に配属され、もうじき四年になります。火星全土にある百近い集落(コロニー)と都市を結ぶ郵便網。一つの街から街までは最大で一千キロ。何もないこの星の乾いた大地をローバースクーターで数週間かけて巡り、あちこちにある郵便ポストから手紙を回収して、郵便局の集配センターまで届けるのが私の仕事です。最初はすごく大変なことも多かったけど、今では人と人とをつなぐ大事な仕事だと胸を張っています。
多くの人が言います。この星は死に向かっていると。
最初の人類がこの火星の地に入植を開始したのは今から二百年も昔のこと。大気圧は地球の1%にも満たず、年間の平均気温は氷点下四〇度という極寒地獄。生命の存在を許さない過酷な環境も、人類の永住の地へと改造(テラフォーミング)しようという無謀とも思える壮大な試みは多くの時間と資材、そして開拓民たちの犠牲を要求しました。それでも、多くの苦難を乗り越えて、この星は豊富な海を湛えたかつての姿を取り戻しつつありました。
しかし、崩壊はその矢先に起きました。八十年前。未曾有の大災害と、それに続く半世紀に及ぶ内戦の混乱――。すでに入植を終えた大小百近い集落を結んでいた交通網は寸断され、通信施設も破壊されました。電子メールはもちろん、有線による電話も使えなくなりました。今では、手紙だけが人と人とを結ぶ貴重な伝達手段です。
深刻な問題はそれだけではありません。内戦で通信施設が破壊されたせいで、この半世紀、地球からの通信が途絶えたままです。通信施設を修復する技術力は戦後のこの世界には残されていません。この八十年で新たな入植者はいません。
そして、つい数年前にとある研究者からもたらされた気象論文が追い打ちをかけるように、私たち人類に衝撃と絶望を与えました。
それは恒星から吹き付ける太陽風によって、年間三十トンものこの星の大気が宇宙の外へと流出しているというものでした。地球や金星のような分厚い大気層を留め置くのにはこの惑星はあまりにも小さく、重力が弱すぎたのです。このままでいけば、百年後か数百年後か、大気を失ったこの星は再び死の惑星へと戻ってしまうのだそうです。衰退した今の人類の技術では、自らの手で空気をつくり出すことはできません。地球からの連絡が途絶えたまま、救いを求めることも、この星から逃げ出す術も私たちにはありません。
その研究者は論文の最後にこう書いて締めくくりました。
――この星の惑星改造(テラフォーミング)の夢は失敗に終わった、と。