オリンポスの郵便ポスト


「エリス君。彼はレイバーだよ。もちろん、知っているよね。この星の黎明期を支えた第一次開拓民の方だ。最近ではほとんど、姿を見かけなくなったけど、君や私が今、ここにいられるのも彼らの苦労があったからこそだよ。だから、決して失礼のないように」

「ジョン・クロ・メールです。よろしくお願いいたします」

 クロさんか、と頭の中で勝手に命名する。クロが握手の手を差し伸べる。見た目とは違ってその立ち振る舞いはすごく紳士っぽい。

「郵便配達員のエリスです。初めまして。えっと、さっきはボロっちいガラクタとか言ってすいません。私、いつも見たまま、感じたままをつい口にしちゃう癖があって……」

「だから! エリス君! それが余計なんだよ!」と、また、局長に叱られた。

「いいえ。いいのです。こんな格好をしている私が悪いのですから」

 やはり、いい人(ロボット)なんだなと思った。

「あの、ご依頼の配達物を受け取らせていただきます……えっと、郵便物はどちらに」

 目にしたところ、クロは小包の類を持っていないようだった。彼は静かに首を横に振った。

「いいえ。配達品は私自身です」

「は……?」

 クロと局長の顔を交互に見返した。局長は心得たようにうむ、と頷いた。

「エリス君。少し遠くにはなるが、目的地まで彼を送り届けることが今回の仕事だ」

 確かに、見れば、彼の両肩には長距離便用の三十ドル切符が十数枚、糊で貼られていた。どこかに行きたいのなら、自分の足で行けばいいじゃない、と言い掛けたが、あちこち装甲がひしゃげてボロボロになった足を見て、さすがの私も口にするのを止めた。

「……分かりました。ご依頼の品の配達を承りました。それで、宛先と言うのは」

「宛先はオリンポスの郵便ポストです」

 耳を疑う。いや、それ以前に、火をつけたやかんみたいに怒りが一気に込み上げた。

「ちょっと、クロさん。悪戯のつもりなら帰ってください!」

「だ、だから! エリス君! お客さんにそんな口を利かない!」

 局長が慌てたが、私は私で郵便配達の仕事を馬鹿にされたようで退く気もなかった。

「はっきり言わせてもらいますが、ありもしない宛先を書かれてもですね、それは宛先不明便と言ってですね、こちらで廃棄させていただく手筈となっておりまして……」

「エリスさんが怒られるのも理解できます。しかし、決して存在しない宛先ではありません。オリンポスの郵便ポストは存在するのです」

「はぁ? 人も住んでいないところに郵便ポストなんてあるわけが……。だいたい、あるとして、オリンポス山のどこにあると言うんですか。言っておきますけど、オリンポス山はそこらへんの小さな丘とは訳が違うんですよ。何十キロもある広大な場所からどう探せと」

 「場所についてはおおよそ把握しています。オリンポスの頂上に巨大なカルデラがあります。郵便ポストはそこにあると、古い知人から聞いたことがあります。開拓初期の時代に気象観測所が設けられ、当時は実際に郵便物も配達されていたと聞きます」

 そんな話、聞いたこともない。言い返そうとする私に局長が畳みかけた。

「エリス君。彼の言う話は本当だよ。内戦のドタバタで所在不明になったり、存在自体を忘れられたポストもいっぱいあるんだ。今更だけど、会社ではそれを一つ一つ掘り返したいと考えている。それに、エリス君。うちの局内にほかにもオリンポス宛ての手紙は大量に保管されているだろう。その全てを廃棄するのはあまりに忍びない。そうは思わんかね」

 宛先が存在する限りは仕事を選ばない。それが私たち長距離郵便配達員(ポストマン)の職業倫理であり、矜持だ。局長もそれを知っているからこそ、こんな言い方をする。やっぱり、大人って卑怯だ。

「だいたい、何で私なんですか。ベテランの配達員だっているじゃないですか」

「ふむ。僕としてはエリス君が適任だと思ったから君に頼んでいるんだよ」

「人手不足だから、とかではなく?」

「それは理由の八割程度さ。何しろどれだけの長旅になるのかも分からないし、何が待ち受けているかも分からないからね。その点、エリス君、君は身体だけは丈夫だからね」

 随分と意味深な言い方だが、意図する所は理解した。つまりは私のこの特異な身体のことを言っているのだろうが、やっぱり釈然としない。

「それに君は真面目で仕事を途中で投げ出すような人間ではないし、この旅で見聞も広げることができるだろう。大きな仕事をやり遂げることは君自身にとって大きな自信にもなるし、社内での君の評価も高まるはずだ」

 「……はぁ」。残りの二割に随分といい加減に詰め込まれた気もするけど。結局、雇われの身である以上、上司に言われたら拒否権なんかないのだ。しぶしぶではないが、私は了承した。

 私と局長がやりとりしている間、依頼人(クライアント)は隣で何も言わず、静かに立っているだけだった。別に依頼人のプライベートを探ることは趣味ではないが、事情が事情な以上、私にはどうしても知っておきたいことがあった。

「……クロさん。あなたがオリンポスの郵便ポストに行く理由を教えてください」

 私の問いに、おんぼろのロボットは物静かに答えた。

 

「私は自分の死に場所を探しているのです」

 それが八六三五キロに及ぶ、私たちの旅路の始まりだった。