続・追憶編 ─ 凍てつく島 ─

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◇ ◇ ◇

  この島に置かれた監獄の正式名称は『やきしま軍事刑務所』という。捕虜収容所でないのは日本人の犯罪魔法師も収容されるからだ。本来であれば刑事施設である刑務所で刑に服するべき犯罪者も、強力な魔法師である場合は十分な管理ができないという理由でここに送り込まれている。また、正式な捕虜は魔法師であってもここには収容しないという理由もある。
ゆきは刑務所の最高責任者である所長に挨拶をして─この者はよつ家の人間ではないが、その息が掛かった軍人である──、彼の秘書役を務める女性下士官により宿舎へ案内された。
  宿舎は、刑務所とは別棟になっていた。部屋は明らかに重要人物用と思われる、華美ではないが広く立派なものだった
  「あの……同じ部屋なんですか……?」
  寝室とは別になっているリビングでぼうぜんとして返すゆきの顔を、そうちょうの階級章をつけた秘書役の女性は不思議そうな表情で見返している。
  「そのように指示されておりますが」
  真っ先に「誰から?」という疑問がゆきの脳裏をよぎる。
  答えはすぐに出た。
  ここはよつ家の影響下にある施設で、自分は本家の次期当主候補だ。そんな指図ができる者は二人しかいない。
  母親ではありえない。ならば、この手配は……。
  (……叔母お ば、何ということを)
  「小官はこれで失礼します。何かご用の際はそちらの内線電話でお呼びください」
ゆきが無言で立ち尽くしているのを、納得したと判断したのだろう。案内のそうちょうは二人を部屋に残して刑務所へ戻っていく。
ゆきたつの二人を残して。
  閉ざされたドアを見詰めていたゆきが、ぎこちないぐさで振り向いた。
  「あの……」
  無表情に自分を見ているたつに声を掛けてはみたものの、それに続く言葉が出てこない。当惑を超えて混乱状態に陥っている妹に、たつは乏しいながらも何処どこか諦めをにじませる表情で答えを返す。
  「仕方が無い。俺はお前のそばにいなければならない立場だ」
守護者ガーディアン守護対象ミストレスを、身体を張って守らなければならない。それがたつの言う「立場」だと、ゆきはすぐに理解した。
  「お前は嫌かもしれないが、ベッドルームには立ち入らないようにするから少しの間、我慢してくれ」
  「その……決して、嫌ではありません」
  このセリフは、ゆきの本心だった。それでも言いよどんでしまったのは、恥じらいがあったからだ。
  中学生にもなれば、たとえ生まれた時から一緒に暮らしている、仲の良いきょうだいであっても、同じ部屋で寝起きするのは恥ずかしくなるものだ。ゆきの場合は今年になってようやくたつと共に過ごす時間を持ち始めたばかり。家族としての交流は、八月から始まったばかりだ。「同じ部屋でも嫌ではない」と口にするだけで、自分がみだらなことを言っているような気になってしまったのである。
  「荷物を置いて参ります」
たつの顔を見ているのが恥ずかしくなったゆきは、着替えが入ったトランクを引っ張ってベッドルームに逃げ込んだ。余計なことを考えて頭がいっぱいになっている所為せいで、たつ何処どこで寝るのかという重要な問題に、ゆきはこのとき気づいていなかった。

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