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◇ ◇ ◇
最短予測よりも一時間近く早かった噴火に、収容所はてんやわんやだった。
溶岩の噴出は島の東端という予想外の地点で起こった。その為、被害シミュレーションが全く使い物にならなくなってしまったことも、混乱に拍車を掛けていた。
達也は収容所の諸施設に被害は出ないと考えている。そういう風に魔法を設計したのだ。だから当然と言えば当然だが、その予測に自信を持っている。しかし、念の為に退避してくれと施設を管理する軍人に指示されては、逆らうわけにはいかない。彼は深雪と二人で大人しく、大型ヘリに乗り込んだ。一旦海上空港に移動し、被害が避けられないと判断されればそのまま本土へ避難することになっている。
「司波君」
「柳中尉」
ヘリの中で、達也は柳に声を掛けられた。部下はいない。柳は一人だった。
とはいえ、周りには収容所の士卒・職員が何十人もいる。不用意な発言はできないと達也は気を引き締めた。
「少し、立ち入ったことを訊ねても良いだろうか」
柳の口調が半分プライベートモードになっている。これは逆説的に、国防軍としての訊問ではないという意味だろう。
「何でしょう」
達也は隙を見せないよう、他人行儀な言葉遣いで答えた。元々柳とはあの戦場と、あの後で少し話をしただけの間柄だ。風間大尉や真田中尉より更に縁は薄い。
「意味は無いかもしれないが、念の為に言っておく。今からする質問は、俺の好奇心を満足させる為のものだ。どう答えても、君が不利になることは無い」
「そうですか」
愛想が無さ過ぎる返事かもしれないが、達也としては他に言いようがないという気分だった。「どう答えても不利にはならない」のは普通、「これ以上不利になることは無い」からだ。そんなことをいきなり言われて、友好的な態度を要求される筋合いは無い。
柳が頭を掻いたのは、どうやら自分が達也の気分を害したらしいと感じたからだった。だが、何が悪かったのか見当が付かないから対策の取りようがない。困ったな、という表情だった。
柳は頭を掻く手を止めた。いきなり友好関係を築くのは無理だ、と諦めたのだ。
「訊いても良いか?」
「どうぞ」
達也の背後で、深雪が二人に呆れ気味の目を向けている。
柳も達也も、突っ慳貪という点ではどっちもどっちだ。
「噴火が早まったのは、君たちの魔法実験の所為か?」
「違います」
達也の答えは、客観的に見れば嘘である。噴火が早まったのは確実に、達也が深雪に行わせた魔法の所為だ。
ただ主観的には、達也は嘘を吐いていない。何故なら今起こっているのは噴火ではなく、単なる溶岩の噴出だからだ。
達也は人的・物的被害が発生する噴火を阻止する為に、深雪にあの魔法を使わせた。その結果、二つの火口が噴火することはなかった。人的被害も物的被害も今のところ生じていないし、今後も発生する可能性は小さい。有毒ガスも南東の海上に流れている。
島の東海岸で起こっている溶岩の噴出は島の面積の拡大に貢献する。つまり、国土が広がる。深雪のニブルヘイムで冷やせば、すぐに使えるようになるはずだ。
つまり達也の意識の中では、噴火は阻止されている。火山の噴火が早まった事実は無い。
「どのような魔法を実験していたのだ?」
「地下の岩盤を冷却する魔法です」
「それによって噴火が誘発されたのではないのか?」
「西岳も東岳も沈黙していますが」
「……そうだな」
柳も達也が言おうとしていることに気がついたようだ。そしてどうやらこの少年が、施設への被害を避ける為、敢えて島の東側でガス抜きを実行したということにも柳は気がついた。
柳の口から、突如笑い声が漏れた。最初は忍び笑い。それはすぐに哄笑になった。
何事か、という視線が柳に集まる。達也も深雪も、柳に胡乱なものを見る目を向けているのは他の人間と変わらなかった。
「もう一つだけ、聞かせてくれ」
笑いを収めた柳が、面白そうな顔で達也に問い掛ける。
さっきまでは、興味深そうな目つき。
今は、面白いという表情。
「この事態を予測していたのか?」
達也が否とも応とも言う前に、柳は問いを口にした。彼の唇はまだ、端の方が笑いの形に吊り上がっていたが、彼の両眼は真剣な光を宿していた。
「噴火の兆候があると知っていれば、ここには来ませんでした」
「そうか」
達也の面白みがない答えに、柳は最高のジョークを聞いたような、満足しきった顔で頷いた。